子泣きブログリレー

(2016-11-30)
どうも2年演者の河田です。ブログリレー書かせていただきます。暇で暇で仕方ない人は読んでみてね!
昼夜逆転してる人とかおすすめです、AM4:30くらいとかほんっとにすることなくなるタイミングありますよね〜。そのお供に是非。


早速本題に入りますが、僕は妖怪が好きです。普段声を大にしていうほどではないのでこのような場でひっそりと語ります。
皆さんは妖怪について考えることはおありでしょうか?僕らの親世代はゲゲゲの鬼太郎を見て身近に感じていたことでしょう。そして今のキッズたちはあれですね妖怪ウォッチ。大ブームですから彼らもまた妖怪に思いを馳せながら生きていることと思います。
しかしながらラストゆとり世代の僕は世間的に大きな妖怪ブームのない時期、俗に言う「妖怪大氷河期」にて学生時代を過ごしてきたわけです。
(ふと「妖怪大戦争」という映画を昔見たことを思い出しました。僕が竹中直人に抱いていた親しみやすい印象は、ブテナロックのcmで痒がるコミカルな姿ではなく油すまし役から来ていたようです、21歳になって大発見!)

そんな中水木しげる氏の妖怪図鑑が愛読書であった僕は小学校くらいの頃から彼らを愛して止みませんでした。ホラー映画や心霊番組などが嫌いな僕が彼らを遠ざけずに済んだのはなぜだったのか…おそらくは負の感情よりも先に来る強いキャラクター性でしょう。
もちろん怖い妖怪だっています。霊などと同じく怨念を行動原理とし、人に危害を与えるものも多くいます。しかしその一方で各々に与えられたユニークすぎるキャラ設定は知ってみても損はないでしょう。
いい例が船幽霊。人間を自分の仲間にするべく海に引き入れてしまう妖怪です。こいつは海から現れると柄杓を貸せといってきます。渡してしまったが最後、舟が沈むまで海水を汲み入れてくるのです。なんで地道な努力!ここまではおかしくも恐ろしいのですが、驚くべきがその対処法。なんと穴の空いた柄杓を渡すことだそうです。そうすると水を汲むことができないため何度柄杓をふるっても舟が沈むことはないのです。それでも必死に柄杓を振るう船幽霊、なんだか健気に思えてきませんか?


さて、なぜこうも僕が妖怪に親しみを覚えるかというと彼らが単なる伝説上の生き物だとは思えないからです。カルト的話をしているわけではありません。霊体験ならぬ妖怪体験を幾つかしたことがあるからそう言えるのです。せっかくなのでご紹介しましょう。

その一 餓鬼
ガキンチョ、ワルガキなんて言い方をするときにこの言葉を聞くでしょうがこれも妖怪の一種です(元は仏教用語だそう。禅寺で修行をした際には餓鬼道に堕ちた人へ米を分け与えるという儀式が食前にありました。)
妖怪としての餓鬼は常に飢えに苦しんでおり、それに取り憑かれた人は同じく飢餓に苦しむこととなります。そしてなんと僕はこいつに取り憑かれたことがあるのです。小さい頃京都の鴨川沿いを歩いていた時のこと、不意に胃に違和感を感じました。するとみるみるうちに腹痛ともまた違った痛みを感じて歩けなくなってしまったのです。そんな経験が三度ほどあり、すっかり鴨川には餓鬼がいると信じるようになりました。
しかし高校生くらいになった頃ある法則に気がついたのです。餓鬼に遭遇する前は必ず天下一品でラーメンを食べているということに。話は変わりますが僕には物をあまり噛まずに飲み込むという悪癖があります。(最近気がついたのでよく噛むように心がけています)
つまり、それゆえにほとんど素のままで胃に放り込まれたコッテリラーメンを消化すべく恐ろしい量の胃液が分泌され、結果的に普段味わうことのない胃の痛みを感じた、というのが鴨川餓鬼のメカニズムだと考えました。これほどに科学的かつ論理的な結末が待っていたにせよ、京都という土地柄は幼き日の僕に「妖怪のせいだ!」と思わしめるに十分な説得力を持っていました。

その二 肌着ジジィ
ハマノという友人と大阪観光をしていた時のことです。小汚い商店街からさらに脇道に逸れたところに彼はいました。
タンクトップ一枚にババ色の半ズボン、昭和の化身のような爺さんでした。
やや不気味に感じた僕たちがそそくさと通り過ぎようとしたところに一言「肌着、着んとアカンよ。肌着、貸したげよか?」それを聞いた途端僕たちは思いました「ああ!妖怪だ!これは妖怪だ」
貸すも何もその妖怪は何も持っていません。着の身着のままの存在でありながら、上半身唯一の装備品である肌着を僕たちに分け与えようかと申し出てくれた彼は、非常に自己犠牲精神に富んだ妖怪でした。しかしその感謝をもって余りある意味のわからなさが怖かったのでやはりそそくさとその場を去ることにしました。

その三 狐ランナー
これもハマノとの旅行中の出来事です。京都の伏見稲荷を観光していると、謎の脇道を発見したのです。ハマノは先に行こうと言いましたが、僕は怖がりなので拒みました。どこにつながっているともわからない道を選ぶくらいなら、正規の下山道を選ぶつまらない人生だっていいじゃないかと。行く行かないで押し問答を繰り広げていた所、道の向こうから歳のいったランナーが走ってきたのです。これはつまり地元の人のみぞ知るランニングコースだと教えてくれたようなものです。結局僕が折れてその道を進むことにしました。
ところがどっこいこれがほぼ未舗装で急な石段続き、ところどころに修行用の滝があり、さらに続く山道の中には庭先にマネキンの首を山ほど並べた謎の家、明らかにカタギではない人の豪邸などが鎮座している魔境に迷い込んでしまったのです。
本来30分もあれば降りれるはずの山を3時間ほど彷徨って、最後には伏見稲荷駅から二駅離れた場所に出ることとなりました。何が言いたいかというとあの年老いたランナーこそ、妖怪であったわけです。狐につままれるとはまさにこのこと、伏見稲荷には山ほどの狐の像があります。これははたして偶然なのでしょうか…?

その四 ハマノ
上記二つのエピソードに出てきたハマノという男こそ、僕が妖怪なのではと疑っている人物であります。おおよそ面白そうなことの全てに顔を出し、有る事無い事を言葉巧みに吹聴し常に話題の中心にいる男。現にたった二日間の旅でこれほどにまで妖怪と思しき現象に出会ったのも彼の神通力のなせる技だとは考えられないでしょうか。なんにせよ彼のようにセンサーを敏感に働かせて生きたいものです。


さて、思ったよりエピソードが長引いてしまいましたが、ここまで読んでくださったモノ好きな方たちはガッカリされたでしょうか。結局僕はまともな妖怪とは遭遇していないのです。
しかし、普段ただ生きている中ではあり得ない事態に巻き込まれているのもまた事実。これを「妖怪のせいなのね、そうなのね!」と捉えることこそが今のトレンドではなかったでしょうか?


最後に一つ、妖怪の誕生に関する仮説を述べたいと思います。ズバリ妖怪とはその時代時代の変態であったのではないかと思うのです。
アカナメ、小豆とぎ、子泣き爺など妖怪にはよくわからない行動をするおじさんというものがよく出てきます。これはきっと常人には理解できないフェティシズムを持ってしまった哀しきおじさまたちが、他者に目撃されることによってこの世のものではない何かとして認識され、伝承された結果なのではないかと思うのです。だって夜、川べりで意味もなく小豆をとぐ人を見たら怖いでしょう?
つまり妖怪とはユニークが過ぎる人々のことではないでしょうか?これが僕が妖怪が存在すると信じる根拠です。
人口が増えた今妖怪は飽和しマンネリ化への道をたどっています。暗い夜道で局部を露出する者たちなどがいい例です。そのマンネリ化から脱するべくオリジナリティを突き詰めた者が妖怪駆逐部隊(俗に言う警察)によって捕縛された時、センセーショナルなニュースとして僕らを楽しませてくれるわけですね。
みなさんも彼らに出くわしたら出会い頭に通報するのではなく、害のない妖怪の場合はのんびりと生かしてあげるようにしましょう。

ここまで長く支離滅裂な文章を読んでいただいた方々には、オリジナルのステッカーでもプレゼントしたいほど感謝しておりますがそれも叶わぬ話なのでコチラ。P-RITTSの12月ライブでもいかがでしょうか?



P-RITTSライブvol.56
~ネタ出し尽くし総決算セール~

日時:12/8(木),9(金)
開場17:40 開演18:00
場所:大学会館3階第一会議室
◎3年生の引退ライブです
◎両日完全別内容
◎年内ラストライブ
◎入場料無料、途中入退場自由!


暗い部屋に笑いがこだますればきっと客席に1人くらい妖怪が来てくれるかもしれません。ともすれば舞台に上がるかもしれませんよ、ほらうっすらはげた半魚人とかね…

以上!

スポンサーサイト


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

千葉大学お笑いサークルP-RITTS

Author:千葉大学お笑いサークルP-RITTS
千葉大学にある唯一のお笑いサークルです。
2013年10月以前の活動はこちらからどうぞ。

活動内容
Q&A
メンバー紹介
ラジオ投稿
活動記録
カテゴリ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2掲示板
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR